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事例

白玉之塔

2011-02-20

 慶良間諸島は、渡嘉敷、前島、座間味、阿嘉、慶留間、屋嘉比、久場島、など大小20余の島々からなり、渡嘉敷村と座間味村に分かれています。昔「群れ島」と呼ばれたこの美しい島々も、沖縄戦で多くの血が流された島として、歴史に刻まれています。
日本軍は、沖縄本島に上陸してくる米軍の背後から奇襲攻撃をかけるねらいで、慶良間の島々に海上特攻艇200隻をしのばせていました。ところが、予想に反して米軍の攻略部隊は、1945年3月23日、数百の艦艇で慶良間諸島に砲爆撃を行い、特攻艇壕をシラミつぶしに破壊した後、ついに3月26日には座間味の島々へ、3月27日には渡嘉敷島にも上陸、占領し、沖縄本島上陸作戦の補給基地として確保しました。
日本軍の特攻部隊と、住民は山の中に逃げこみました。パニック状態におちいった人々は避難の場所を失い、北端の北山に追込まれ、3月28日、かねて指示されていたとおりに、集団を組んで自決しました。手留弾、小銃、かま、くわ、かみそりなどを持っている者はまだいい方で、武器も刃物ももちあわせのない者は、縄で首を絞めたり、山火事の中に飛込んだり、この世のできごととは思えない凄惨な光景の中で、自ら生命を断っていったのです。
満6年忌を迎えた昭和26年3月28日、住民集団自決の現地北山(現青少年交流の家敷地近く)で、白玉之塔の除幕式と合同慰霊祭が行われ、戦没者(日本将兵81柱、軍人軍属92柱、防衛隊42柱、住民383柱)の御霊を島守りの神として仰ぎ祭られています。
毎年3月28日を慰霊の日(住民玉砕の日)と定め、本土や沖縄本島から遺族が参列して慰霊祭が催されています。
昭和35年現地西山が軍用地に接収されたため、昭和37年4月19日現在のギズ山に移動し新しく建立されました。

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