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事例

海神宮

2012-02-20

悲話の残る船蔵御獄の鳥居

 渡嘉敷小中学校体育館と白瀬山の間にあり、海神宮、ミーヤトゥンチグワー(新屋殿内小-新しく作られた殿内)とも呼ばれています。ここは、運動場を拡張する以前は、樹木が生い茂る森でした。  現在、この拝所の入口には、戦前に建てたといわれる鳥居があります。戦争まえは、御獄の入口から社殿まで村の人達が寄進した石灯籠が両側に10程づつ並んでおり、その石灯籠のなかには、唐の国から持ってきたものもあると言われていました。現在の神社様式の拝所になる以前は、現在の拝所の位 置よりも奥に、いしづみの囲いがされた10坪ほどの瓦ぶきの社殿がありました。現在の拝所は昭和12年に建てられたものです。  この船蔵御獄(ふなぐらうたき)で行う2月1日の海の御願では、豊漁を祈願する祭りです。海の御願ではユイムンカヤ-ムン(寄り物を捕り運ぶの意味)のウミシルターと呼ばれる字の若者が裸になってかごに魚を捕るまねをし、海からさかなを持ってくる行事が行われ、ウムイも歌われます。また、海の神ということで、船の修理や進水式などのとき、さらに進貢船や漁船が沖を通 るとき、正月の船のハチウクシー(仕事初め)のときなども必ずこの御獄で祈願を行ったのです。  ところで、昔渡嘉敷では、祭りのしかたがよくわからず豊見城間切の座波村からハチレー加那志、同じく豊見城間切の渡嘉敷村からクシレー加那志という祝女が派遣されてきました。この二人は、渡嘉敷村での祭りを行っていたのですが、勤めの途中で亡くなったので殿内にはまつられずに、海神宮の後ろに葬られたてまつられています。  また、ユチレー加那志については、屋号イリ(西)の家の娘の話として伝えられています。この娘は祝女になることが予定されており、しかもあまりにも美しい娘なので外に出るときは、その家の兄達が交替でついていたということです。  ある日兄がこの娘を海に連れていったとき嵐に合い、その娘が死んでしまいました。村中の人達がさがしたのですが見つからないので、ハチレー加那志、クシレー加那志に「どうかこの島に寄せて下さい」と祈願すると2、3日後にこの娘のなきがらがこの海神宮の下に寄ってきました。この娘はやはり祝女になる人だったということで、ハチレー加那志、クシレー加那志の前の方に葬られ、ユチレー加那志と呼ばれ、ハチレー加那志、クシレー加那志とともに船旅を守る神としてまつられるようになりました。このユチレー加那志が葬られた場所にも、以前は殿があったといわれています。  また、船蔵御獄の鳥居は、以前は、浜の方にあったのですが、小学校の運動場を拡張し拝所の地所を整地するときに、現在の場所にうつされました。

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